1996年生まれの男の日記

平凡な平成8年生まれのサラリーマンの日記

働く意義が欲しい


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日曜日の夕方によく行く喫茶店のラストオーダーが終わってしまっていた。

そのため、普段は入らない駅の改札の前の喫茶店に入った。人通りが激しくあまり落ち着かない。

今週も土日があっけなく終わった。

楽しく過ごせてはいる。行きたいところに行き、食べたいものを食べ、欲しいものを買い、やりたいことをやっている。
もちろん金が多いわけではないから限度はあるが、自分の手の届く範囲は自分の想像の範疇の良いところまで届いている。

いま好きな音楽を聴きながらブログを書いていることだって好きなことのうちの一つである。

しかしながら、また明日から5日間仕事をするというのはあまり気が進まない。

最近、働くとは何か、ということについて書かれた本を探したり、読んだりしている。

最初はなぜそんな本を探しているのか自分でも分からなかったが、シンプルに働くことに金をお稼ぐ以外の意味を見出したいのだと思う。

今のところ自分の人生において最も達成感を得られる時というのは音楽活動であり、それ以外があり得ない。

当初は金のためと割り切っていた仕事だが、やはり毎日毎日それだけでは続かないのではないかと深層心理で危惧しているのだろう。

あとは単純に忙しなく過ぎていく時間に対する畏れだろう。

私の大学生活といえばとにかく怠惰であった。
また、大学を出てからもフラフラと曖昧な生き方をしていた。

それは何にもかっこよくなく、しょうもない毎日であった。

目が覚めたらギターを触り、友達に誘われればTVゲームをオンラインで行い、終われば散歩に出て疲れるまで歩き、またギターを触り寝る。

そんな生産性皆無の過ごし方が実は心地よかったのだ。

今となっては土日はどこかにいかなければならない、何か特別なことをしなければならないと思い込んでいる節がある。

5日間しっかり働いたのだから楽しいことをしなければならない、美味しいものを食べなければならない、と思い込んでいるのだ。

これから解放されることはもう無理であろうと諦めている自分と、どこかに折衷案のような生き方があるのではないかと考える自分がいる。

答えは出ないまままた日曜日が終わっていく。

唯一の救いは、そういう悩みもまた音楽にできるということだ。

裏を返すと音楽は一生手放すことができなそうで、救いとも、呪いとも取れるなと思う。

明日からも頑張ろう、とも言いたくないものだ。

ただ無心で何も考えず、時が経つのを待つ。

時間を捨てていると考えた瞬間とんでもなく悲しい気持ちになるから、頑張るというのも違うのだ。

怠惰に過ごしていたあの日々も、自分にとっては全然無駄な時間ではなかったからそれは尚更だ。