1996年生まれの男の日記

平凡な平成8年生まれのサラリーマンの日記

中学生の頃よく行っていた場所から離れられなくなった


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この3連休、久々に実家に帰った。

金曜の夜、仕事終わりの足でそのまま実家に帰った。

 

実家といっても物理的な距離はそんなにないのでせいぜい1時間もあれば帰れる。

 

その日は普通に飯を食って寝た。

 

次の日は実家から家に帰った。

これがまあ普通の人からしたら意味がわからないと思うのだけれど、ギターを筆頭に宅録に必要な機材一式が今住んでいる家にあるため、昼頃から戻ってずーっと録音をしていた。

 

その日は台風が来ていて、外はずっと雨が降っていた。そのどんよりとした天気に呼応してか私の気分もどんよりしていたので、どんよりした曲の歌詞が書けたり、薄暗く狭い部屋で小さく丸まって録音するのが心地よかったりした。

 

夜、録音を終え実家に帰った。

実家から家に通うような感覚に、今住んでいる家が録音スタジオのように思えて不思議だった。

 

次の日は朝から友人と遊びに出た。

特に目的も決めずに車を走らせ、最初から最後までダラダラと過ごした。

これが学生時代のノリに非常によく似ており何だか懐かしい気分になった。

 

なんだか懐かしい気分のまま解散し、電車で帰宅しているとその帰宅ルートの最中、中学生の時に通っていた塾のあるちょっと離れた駅を経由した。

 

私はこの懐かしい気分にほだされてか、そこで降りた。

 

駅からおり、塾に向かうまでの道を歩いた。

 

これが非常に懐かしかった。胸が締め付けられるような思いであった。

いろんなものが変わってしまっていた。本屋さんが喫茶店になり、パチンコ屋さんが漫画喫茶になり、サンクスがファミマになっていた。

ただ、大枠はあまり変わらなかった。

私は焦って当時塾に通いながらよく聞いていたPodcastを再生した。

 

しばしばインターネット上で「懐かしくて死にたくなった」といった風な言葉が使われるがまさにそれであった。

 

なんだかここを離れたくなくなりその道のりを2周した。

中学生の頃の友達に電話したくなった。

が、突然「何か懐かしくなったから電話したんだ」と言われても彼らも困るだろうと思いやめた。

 

どうにもそこを離れられそうにない私は写真を撮ることにした。

 

ただただ塾までの道のりとその帰り道の風景を写真に収めた。

 

これをしたら気持ちが落ち着いた。

よかったと思った。もう本当に還りたくなっていた。

 

忘れたくないものや手放したくない思いを留めるために写真を撮るのだなと感じた。

 

そして今日、連休最終日の今、私は電車に乗って帰宅している。

 

今朝から父のゴルフの練習に付き合い飯を食ってゆっくりした後家を出た。

 

この連休、仕事終わりに実家に帰宅することや、じっかから音楽をやりに行く、友達と遊びにいき、中学生の頃の塾に行って帰宅する、などのことをやったせいか、妙に実家に住んでいた時を思い出した。

 

先程実家を出る時、「ああ、俺は今住んでいる家に帰り、明日からまた仕事に行くんだ」と特別気づいたような気がする。

 

実家が恋しいというのとは違く、あの頃の精神的に自由な状態が恋しくなった。

 

とはいえ、生活は続いて行くし、今の生活が嫌なわけではない。

 

ただ、ここまでの道のりは間違っていなかったな、と思うに留まり、明日からもその延長であれるように頑張ろうと思った。

 

自分だけがそこに取り残されていてもただから苦しいだけだ。